アジア人ヘイトクライムを受けて人種差別について考える

national flags

今回は非常にセンシティブな話題なので中々書きづらいですが挑戦します。アジア人に対するヘイトクライム(いわゆる人種差別的からくる犯罪)がアメリカで急増している件についてツイートしました。

BLM(Black Lives Matter = 黒人差別に対する抗議運動)を経て次はアジア人が標的となった途端、まさに他人事ではなくなりました。それからあれこれ考えることもあり、しっかりと自分の意見を書きたいと思います。(※あくまで個人の見解です)

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差別を無くすにはヒトの歴史と同じ期間が必要

当然、一朝一夕で差別は無くならないと十分認識しています。少なくとも私が生きている間には無くならない気がします。なぜなら人間の歴史こそ争いの歴史だからです。

受験勉強も政治・経済を選んだので歴史に関する知識が浅い身ながら、時代の変遷を争いベースで学んできた記憶があります。(ベタですが幕末・維新のあたりは大好きです)
争いの火種が全て人種の違いによるものではないですが、同じ日本人であっても何かの違いで争いを続けていたのですから、容姿も言語も文化も全て違う集団同士となると、差別的な側面の争いも起こってしまうのは当然だったはず。

文化=アイデンティティも変えられない(例:テーブルマナーの違い)

日常生活に根付く文化の違いが一番わかりやすい事例ですが、例えばテーブルマナー。以下を見てあなたはどう感じますか?

  • お茶碗やお椀は持ち上げて食べる。
  • お味噌汁はお椀に口を付けて飲む。すする時に音を立てても問題ない。
  • ラーメンや蕎麦は音を立ててすすっても問題ない。

このブログを読んでくださる数少ない読者の方々は大半が日本人のはずです。日常の食事シーンでも前述の行為をしてもなんら問題に思わないと思います。しかし、海外でしてしまうと確実に変な目で見られます。なぜならテーブルマナーに反しているからです。

  • 皿や器などは持ち上げてはいけない。口を直接付けてはいけない。
  • 食べるときに音を立ててはいけない。

ご覧の通り、全く逆なのです。

では、明日から「お椀を持ち上げるな、食べる時に音を立てるな」と言われて日本のテーブルマナーを完全に変えることができるでしょうか?たぶん100%無理です。なぜなら、器を持ち上げたりする食事方法が日本の文化では『正しい』からです。

これが文化の違いです。他の文化の人からすれば理解し難いほどの違いがあれど、変えられないものなのです。

「本音と建前が存在しない」と言いつつ現実で起こっていること

渡米時に先輩から「アメリカに『本音と建前』という単語が存在しない」と教わりました。理由は多種多様な文化が存在する国だからこそ『違うことが当たり前』なのでそれを認め合うことがまず必要だから、という素晴らしい背景でした。

とはいえ、実際にアメリカで仕事・生活をする中で見た現実は次のようなものです。

  • 工事現場作業員や警備員などのブルーカラー職種はほぼ黒人層
  • 物流センターでの作業スタッフはラテン系移民や黒人のテンポラリースタッフ
  • オンラインゲームではアジア諸国への差別用語でガンガン罵る

直接的な発言はしないにせよ、このような現状を見て生活していれば必然的に記憶に残りますし価値観にも影響与えます。

どうすれば差別は減らせるのか

きれいな言葉で解決策を語ることはできますが、正直、実現可能性を保証できる施策は現時点では思いつきません。これまで多くの先人たちですらできなかったことですし。

しかしながら、いざ自分も標的対象の人種であると自覚したからこそ「やられて嫌だった記憶を忘れてはいけない、相手もコレと同じ思いをしてしまうから」とより一層強く考えるようになりました。

実際に起こっている環境に身を置いてみたり歴史を学んだりすることで、自分事として相手の気持ち捉えることができるようになるはずです。


難しい問題です。でも、必ずやこうした悲しい事件が起こらないような時代にしたいです。

Thanks!

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